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最高裁判所第三小法廷 昭和30年(あ)460号 判決 1957年3月19日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人大竹武七郎の上告趣意は、末尾添附の書面記載のとおりである。

原判決は、その挙示する証拠を綜合して、被告人は昭和二七年一月二九日、中部織機株式会社に対し織機部品約二屯を売り渡し、その代金の支払を受ける方法として、金額十万九千二百六十円の約束手形一通を受取ったが不渡りとなり、同年三月一七日頃、金額十一万八千九百九十円の約束手形と書き替えたところ、その際会社の業務状態に不信を抱いたので、社長太田茂より満期日たる同年四月一五日に支払なきときは、製品、半製品、材料のいかんを問わず物品によって決済をなすも異議なき旨の誓約書をとったのであるが、その後も会社の経済状態は依然として悪いので、期日まで待つも支払を受けることができないと考え、同年四月一二日トラックを用意して会社へ赴き、会社責任者の意に反して同会社の保管にかかわる自己納入のその他の織機部品合計約一七六〇点を勝手に持ち帰った事実を認定した上、本件行為は窃盗罪を構成するものと解するの外ないと判示していること原判文上明らかである。そして、原判示の行為が不法領得の意思をもってなされたことは判文上明記されていないが、本件行為が窃盗罪を構成するものと判示した以上、その窃盗は不法領得の意思をもってなされた趣旨を示したものと解するのを相当とする。ところで、窃盗罪の成立するに必要な不法領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思をさすことは、すでに当裁判所の判例とするところである(昭和二五年(れ)三三六号同年五月一八日第一小法廷判決、昭和二六年(れ)三四七号同年七月一三日第二小法廷判決、昭和二八年(あ)三七八四号同三〇年九月二七日第三小法廷判決参照)。もとより右の意思は、永久的に他人の物の経済的利益を保持する意思であることを必要としないことも判例の示すところであるが、少くとも他人の物をあたかも自己の所有物のごとく利用又は処分する意思でなければならないのである。本件において原判決の認定するところによれば、約束手形の満期日は昭和二七年四月一五日であり、被告人が本件物品を持ち帰ったのは同月一二日であって、その間三日に過ぎず、満期日に弁済なきときは、被告人において物品によって決済することは会社側に異議がなかったのである。されば、被告人において本件物品を持ち帰った当時すでにこれを処分する等の方法により自己の債権を決済する意思をもっていたとすれば、被告人に不法領得の意思があったものということができるけれども、原判決が証拠に挙示する証第三号預り証(控)の文面には「私儀貴社の現況を見、当所より納品せし織機部品を貴社発行の約束手形金額十一万八千九百九十円也を期日昭和二十七年四月十五日に決済致さる間御預り致します。尚この部品は手形決済されれば即刻持参御返却申上げます。昭和二十七年四月十二日(肩書略)中根始印中部織機株式会社太田茂殿」と記載されており、被告人が右の預り証を会社取締役大崎勝栄に示して捺印を求めたことも原判決の認定するところであり、これらの証拠及び認定事実からみれば、被告人が本件物品を持ち帰ったのは、四月一五日に手形金の支払われるまで三日間右物品を保管する意思に過ぎず、弁済があれば直ちにこれを返却する意思であったとも解し得られないことはないのである。もし後段のとおりとすれば、被告人には他人の物を自己の所有物のごとく利用又は処分する不法領得の意思があったものということはできない。それ故、本件行為が窃盗罪を構成するか否かは、被告人が物品を持ち帰った当時の意思いかんにかかるのである。このように不法領得の意思の存否が問題となる特段の事情の存する事案を判示するには、証拠により被告人の意思を明らかにした上、それが不法領得の意思に当るか否かを判示しなければならないのである。しかるに、原判決は被告人が判示物品を持ち帰ったことは会社責任者の意思に反してなされたものであり、被告人にもその認識があったことを判示しただけで、前記説明の意思の存否については少しも判示しないで被告人の本件行為が直ちに窃盗罪を構成するものと判断したことは、理由不備の違法があって、その違法は判決に影響を及ぼすものというべく、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、弁護人の論旨に対して判断するまでもなく、原判決は破棄を免かれないので、刑訴四一一条一号、四一三条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋 潔)

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